本の虫: Aaron Swartz自殺の背景事情 (via otsune)通常、論文の筆者は著作権を維持しない。論文を査読した者も権利を主張しない。実に、論文は多くの者に読まれるべきである。しかし、今日、その論文の閲覧を妨げている勢力が存在する。旧態依然の出版社である。
インターネットが普及した今日、情報の公開のコストは極端に下がった。しかし、論文は依然としてペイウォールの向こう側に隠されている。なぜか。旧態依然の出版社のためである。
昔の論文は、紙に印刷されている。ほとんどの論文は、すでにスキャンされ、少なくとも画像という形で電子化されている。しかし、その論文を簡単に読むことは出来ない。何故か。旧態依然の出版社のためである。
この旧態依然の論文の出版社は、論文に著作権を主張し、広く人類に読まれるべき知識の宝庫である論文を、厚いペイウォールの向こう側に隠している。
しかし、著作権は期間を限定した排他的権利である。著作権は消失する。一体何が昔の論文の閲覧を妨げているのか。論文をスキャンした出版社である。
出版社の主張では、論文をスキャンするという行為により、さらに著作権が発生するのだという。あるいは、論文をスキャンした画像に刷り込ませたウォーターマークに著作権が発生するのだという。
少なくとも、日本ではこの論理は通用しない。著作物の媒体を変更するのに伴う変化や、誤字の修正、ふりがなや句読点の増減などといった変更には、著作権は発生しない。非常に不思議な著作権法を持つアメリカは知らないが。
とにかく、本来ならば著作権が消失したはずの論文ですら、いまだに自由に読むことが出来ない。Aaron Swartzはこの現状を打破したかったのだ。
MITの構内のネットワークは、非常に開かれている。構内のネットワークの接続には認証が必要ないし、構内のネットワークから、購読している論文を自由にダウンロードできる。Aaron Swartzはこれを利用して、MITの購読している論文を片っ端から大量にダウンロードしていた。もちろん、これはMIT構内のネットワークからアクセスすれば誰でも自由にダウンロードできる状態にあった。
(via akubi3105)
アルファルファモザイクより「料理の世界ってオープンソースじゃね?」 (via plasticdreams) (via zero-note) (via pdl2h) (via reservoir, plasticdreams) (via quote-over100notes-jp) (via reservoir)「料理の世界ってオープンソースじゃね?」
1 仕様書無しさん :2006/11/01(水) 13:55:01
昨日、カレーうどんを喰っててふとそう思った。
3 仕様書無しさん :2006/11/01(水) 13:57:02
KFCとかコカコーラとかは思い切り秘密レシピ
4 仕様書無しさん :2006/11/01(水) 14:10:13
»3
それらはMSって事だな
5 仕様書無しさん :2006/11/01(水) 14:22:48
そんな有名チェーンでなくそこらの焼肉屋とかラーメン屋でも
秘伝?なタレだのスープだの謳ってるがな
6 仕様書無しさん :2006/11/01(水) 15:30:08
のれん分けとかはどう解釈する?
7 仕様書無しさん :2006/11/01(水) 15:32:10
»6
classの継承、及び
コピペからの改変という扱いでどうか。
30 仕様書無しさん :2006/11/02(木) 10:05:13
オープンソースも作る方は元手(時間と労力)がかかってるんだがな
料理と違って食べたら終わりじゃなくてなんぼでもコピーできるのが違いだ
つーことは、
レシピ=皆で書いたコード
料理人=プログラマ
材料=開発コスト
料理=成果物 ←料理の量は材料に比例。プログラムは複製可能
食べる人=ユーザー ←料理は金を取られる。ソフトは無料
と言う関係な訳だ。
食べる人から金を取るか取らないかでオープンソースかどうか区別するのなら
スーパーの試食以外はオープンソースではない、と言える。
33 仕様書無しさん :2006/11/02(木) 10:46:04
ソースはオープンでも
開発ツールが高いのだ。
一コンパイルごとに特殊なコンパイラが必要で
しかも一コンパイルごとに費用が必要。
だからこそソースがオープンでもやれる。
むしろオープンソースもこうあるべき。
あと成分表はリバースエンジニアリング結果。
しかもリバースエンジニアリングした情報から
最コンパイルは不可能
・けれど、僕は知っている。 一方的に浴びつづける善意は、 やがてボディブローのように効いてくる。 相手に「してもらう」ことは本当にありがたいことだが、 その関係性があまりに一方的だと、 いつしか自分を卑下するようになる。 それは、物理的に「してもらう」ことの多かった僕が、 小さな頃から闘ってきた葛藤でもある。出典 希望 僕が被災地で考えたこと 乙武洋匡
むしろ、赤い布で興奮するのは闘牛士の方である
闘牛 - Wikipedia (via gatya)
牛の視界はモノクロなのだっけ
(via kml) (via jacony) (via bardiche-side-b) (via msnr) (via appbank) (via takatic)
(via yasunao) (via gkojay) (via konishiroku) (via atm09td) (via doubledispatch)世界初、レアアースレス磁石(強磁性窒化鉄)粉末の単相分離・生成に成功 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY- (via e-tag)NEDOの「希少金属代替材料開発プロジェクト」に取り組んでいる東北大学大学院電子工学専攻の高橋研教授(NICHe兼務)、小川智之助教と戸田工業(株)などの研究グループは、これまで粉末として単相を分離・生成することができなかった強磁性窒化鉄を合成する手法を世界で初めて確立しました。
強磁性窒化鉄は、現在最強の磁石とされるネオジム-鉄-ボロン磁石の性能を凌駕する可能性のある物質で、この成果によりレアアース(希土類)を使用しない磁石の実現に大きく近づくことになります。
今後、強磁性窒化鉄の生成機構解明や微細ナノ構造制御などを検討し、より高性能な磁石材料設計を行う予定です。またスケールアップを段階的に進めながら磁石メーカーとの連携を行い、レアアースレス磁石・モーターの実用化検討を進めます。
(via akubi3105)
ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5 – Pouch[ポーチ] (via gladdesign)もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。
人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです
(via motomocomo)



